別名 五ヶ城

五箇篠山城は北畠具教の弟である北畠具親が、北畠氏の再興を計るために反旗を翻し籠城した城です。わずか2日で落城したため再興はなりませんでした。もともとは北畠氏の被官である野呂氏累代の居城でした。1569年(永禄12年)、織田信長が伊勢侵攻し、野呂氏が「大河内合戦」で戦死すると、安保氏が城主となりました。県内屈指の山城跡で、遺構の保存状態も良好です。また、勢和図書館の中には五箇篠山城の模型や郷土資料の展示があります。
五箇篠山城を攻城した団員が残してくださったコメント(クチコミ)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
五箇篠山城へのアクセス情報 情報の追加や修正
あり
じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。 フィードバック
各スポットの詳細な位置関係は 周辺地図で確認してください。
五箇篠山城とあわせて訪問するのにオススメのお城です。
五箇篠山城の周辺にあるホテルや旅館を表示しています。
あなたが泊まったホテルのレビューをお願いします!(レビューはホテルの詳細ページから投稿できます)
情報提供元:楽天トラベル
五箇篠山城について参考になると思われるインターネット上の情報へのリンクです。すべて別ウィンドウが開いて表示されます。
まだ本城登録している団員がいません
築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する