壬生城は壬生胤業によって築かれた城で、以後は壬生氏4代の居城でした。1590年(天正18年)、豊臣秀吉の小田原攻めに際して壬生義雄は義弟・皆川広照とともに北条方についたため滅亡しました。その後、徳川家康の関東入封にともない結城秀康が城主になると、以降も日野根氏、阿部氏、三浦氏、松平氏、加藤氏とめまぐるしく城主が代わりましたが、1712年(正徳2年)に加藤嘉矩と入れ替わって鳥居忠英が入封すると、以後は明治まで鳥居氏が8代つづきました。現在城址は「壬生町城址公園」として整備されており、本丸南側の土塁と空堀が残っているほか、二の丸虎口跡に復元門が建てられています。また小山市内の民家に城門が移築現存しています。
目次
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壬生城に関するデータ 情報の追加や修正
内郭:-- 外郭:--
壬生胤業
着工 1462年(寛正3年)
壬生氏、結城秀康、日根野吉明、阿部忠秋、三浦正次、松平輝貞、加藤明英、鳥居氏
曲輪、土塁、堀、移築門
模擬城門
項目 | データ |
---|---|
曲輪構成 | 輪郭式 |
縄張形態 | 平城 |
標高(比高) | --( -- ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
築城主 | 壬生胤業 |
築城開始・完了年 | 着工 1462年(寛正3年) |
廃城年 | |
主な改修者 | |
主な城主 | 壬生氏、結城秀康、日根野吉明、阿部忠秋、三浦正次、松平輝貞、加藤明英、鳥居氏 |
遺構 | 曲輪、土塁、堀、移築門 |
指定文化財 | |
復元状況 | 模擬城門 |
更新日:2023/12/06 14:20:43
項目 | データ |
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アクセス(電車) |
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アクセス(クルマ) |
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駐車場 | 壬生町城址公園駐車場(無料) |
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