深溝城は十八松平のひとつ、深溝松平氏の居城として知られています。松平忠定から4代・松平家忠まで在城しましたが、徳川家康の関東移封に伴い、忍城へ移りました。家忠は「関ケ原の戦い」の前哨戦となった「伏見城の戦い」で鳥居元忠とともに討死し、その功もあり5代忠利は旧領に戻り三河深溝藩を立藩しましたが、1612年(慶長17年)に吉田城に移ったことにともない廃藩となりました。その後、板倉氏が深溝陣屋をかまえました。現在城址は株式会社三協幸田工場の敷地となっており、正門脇の道路沿いに石碑と案内板が建てられています。また幸田町六栗本郷の民家に深溝陣屋門が移築されているほか、陣屋絵図の写しが幸田町郷土資料館に収蔵されています。
深溝城を訪問した184人の報告によれば、平均見学時間は21分、平均評価は2.00点となっています。
深溝城は深溝藩の藩庁です。
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情報提供元:楽天トラベル
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黒まめさんのレビューを見て、読んでみることにしました。
この本では、行きにくい城には遺構が多く残っているということで、敢えて行きにくい城が初級編、中級編、上級編、そして変態編の4グループに分けて掲載されています。初耳の城も有りましたが、日本100名城、続日本100名城に指定されている城も多く紹介されていますので、名城巡りをされている方も参考になると思います。
この本に掲載されている城で行ったことがあるのは初級編の杉山城のみで、今思えばこのお城ですら駅からの往復で1時間半程度をかけてやっと攻城しているので、「行きにくい城」を体感しているので納得です。
掲載されているお城は何れも公共交通機関ではなかなか行きにくい様ですが、車で行く場合に重要な駐車場情報が掲載されているし、トイレの有無、携帯電話の通信状態なども掲載されていますので攻城時非常に役立つと思います。
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