猿掛城は庄氏・三村氏・毛利氏による備中の覇権争いの舞台となった城です。1574年(天正2年)には毛利氏と友好関係にあった三村元親が織田信長と結んだことに起因する「備中兵乱」の際には、毛利氏の三村氏攻略の前線基地となりました。三村氏の滅亡後、毛利元就の四男・元清が猿掛城主となり、その際に猿掛城のあった穂田郷という在名から穂田(穂井田)を名乗るようになりました。また、1582年(天正10年)の羽柴秀吉による高松城水攻めの際には毛利輝元の本陣として使われています。現在も城趾には土塁や石積みなどの遺構が残っています。
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情報提供元:楽天トラベル
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黒まめさんのレビューを見て、読んでみることにしました。
この本では、行きにくい城には遺構が多く残っているということで、敢えて行きにくい城が初級編、中級編、上級編、そして変態編の4グループに分けて掲載されています。初耳の城も有りましたが、日本100名城、続日本100名城に指定されている城も多く紹介されていますので、名城巡りをされている方も参考になると思います。
この本に掲載されている城で行ったことがあるのは初級編の杉山城のみで、今思えばこのお城ですら駅からの往復で1時間半程度をかけてやっと攻城しているので、「行きにくい城」を体感しているので納得です。
掲載されているお城は何れも公共交通機関ではなかなか行きにくい様ですが、車で行く場合に重要な駐車場情報が掲載されているし、トイレの有無、携帯電話の通信状態なども掲載されていますので攻城時非常に役立つと思います。
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