金石城は対馬藩藩主である宗氏の居城で、対馬藩の政庁として機能していました。もともとこの地には1528年(享禄元年)に宗将盛によって築かれた金石屋形があり、それを朝鮮通信使を迎えるために近世城郭に改築したといわれています。1659年(万治2年)に起きた大火で市街とともに焼失し、翌年から宗義真によって城下の再建が行われました。1665年(寛文5年)に整備・拡張されて以降は金石城と呼ばれています。その後、1678年(延宝6年)に市街を挟んで北東隣の位置に新たに桟原城が築かれ、藩庁としての機能は移動しましたが、その後も破却されることなく城は存続しました。現在、国の史跡に指定されており、城内の一角には桟原城の大手門(通称、高麗門)が移築復元されています。
目次
金石城を攻城した団員が残してくださったクチコミ(レビュー)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
すべてを表示(12コメント)項目 | データ |
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曲輪構成 | |
縄張形態 | 平城 |
標高(比高) | 13 m( -- ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
天守縄張、天守形式 | 望楼型 |
天守の階数 | 2重2階 |
天守の種類 | 非現存天守 |
天守の高さ | |
天守台石垣の高さ | |
天守の広さ(延床面積) | |
天守メモ | 天守は築かれず、1669年(寛文9年)頃に築かれた大手口の二重櫓門(大手門)を天守の代用としていた。これは望楼型で2重2階とされる。大正時代に解体された大手門は、1990年(平成2年)に古写真や文献をもとに木造によって復元された。 |
築城主 | 宗将盛 |
築城開始・完了年 | 着工 1528年(享禄元年) |
廃城年 | |
主な改修者 | 宗義真 |
主な城主 | 宗氏 |
遺構 | 石垣 |
指定文化財 | 国史跡(遺構)、国の名勝(庭園) |
復元状況 | 大手門(木造) |
更新日:2023/05/29 03:42:26
項目 | データ |
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アクセス(電車) | |
アクセス(クルマ) | |
駐車場 | 対馬歴史民俗資料館前駐車場(50台以上、無料) |
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