別名 桂城
お知らせ
笠間城は笠間氏の居城として知られています。1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際に笠間綱家が北条氏についたため、滅亡させられました。その後、いったんは宇都宮氏が支配しましたが、のちに蒲生郷成が入城し、この郷成の手により織豊系城郭に改修されました。現在も確認できる石垣遺構はこの時代のものと考えられています。蒲生氏以降も松平、小笠原、永井、浅野、井上、本庄などの諸氏が入れ替わり城主をつとめ、1747年(延享4年)から廃藩までは、牧野氏代々の居城となりました。ちなみに忠臣蔵で有名な浅野氏は、ここから赤穂藩に移っています。関東地方では珍しい本格的な石垣がある城で、石垣以外にも堀などの遺構を確認できるほか、建造物の遺構として、本丸八幡台上にあった八幡櫓が真浄寺に移築され現存しており、また薬医門形式の城門2棟が、市内の民家に移築され現存しています。
笠間城を訪問した1156人の報告によれば、平均見学時間は1時間7分、平均評価は3.28点となっています。
目次
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笠間城に関するデータ 情報の追加や修正
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205 m( 130 m)
内郭:-- ha 外郭:-- ha
2重
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『常盤国笠間之城絵図』(正保城絵図)では天守曲輪にその姿が描かれているが、具体的な外観や構造は不明。廃城後、解体された用材は、笠間城天守台に所在する佐志能神社の拝殿に使用されている。
笠間時朝
着工 1219年(承久元年)
1868年(明治4年)
蒲生郷成
笠間氏、宇都宮氏、蒲生郷成(3万石)、牧野氏(8万石)
空堀、石垣、土塁、井戸、移築櫓、門
市史跡
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登録日:2017/04/06 20:09:22
更新日:2024/11/21 15:19:49
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