土浦城は小田氏配下の菅谷氏の居城として知られています。1590年(天正18年)、豊臣秀吉の小田原征伐の際に菅谷範政は北条氏と結んだため、佐竹氏や徳川家康の軍勢に攻められ、主君小田氏とともに滅亡しました。徳川家康の関東移封後は、土浦を次男で結城氏に養子入りした結城秀康に与えられ、秀康が北ノ庄に移ると、藤井松平家の松平信一が入りました。信一とその子の信吉が、現在の城のおよその形を作ったと考えられています。その後、西尾氏、朽木氏、土屋氏と城主が入れ替わりましたが、1687年(貞享4年)に土屋政直が入封して以降は土屋氏が11代、約200年間世襲して明治維新を迎えました。城址は亀城公園および土浦市立博物館として整備され、太鼓櫓門と霞門が現存しています。また、2011年(平成23年)に起きた東日本大震災の影響を受け、太鼓櫓門、東櫓、西櫓とすべての建造物が破損しましたが、元通り修復され、現在は一般公開されています。東櫓内部を博物館の入館券(入館料105円)で見学できます。
目次
土浦城を攻城した団員が残してくださったクチコミ(レビュー)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
土浦城に関するデータ 情報の追加や修正
1.5 m
内郭:-- 外郭:--
若泉三郎
着工 永享年間(1429年〜1441年)
1873年(明治6年)
松平信一・信吉、西尾忠照朽木稙綱・種昌
若泉氏、小田氏、松平氏西尾氏、朽木氏、土屋氏
太鼓櫓門、土塁、堀
県史跡
東櫓、西櫓
項目 | データ |
---|---|
曲輪構成 | 輪郭式 |
縄張形態 | 平城 |
標高(比高) | 1.5 m( -- ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
築城主 | 若泉三郎 |
築城開始・完了年 | 着工 永享年間(1429年〜1441年) |
廃城年 | 1873年(明治6年) |
主な改修者 | 松平信一・信吉、西尾忠照朽木稙綱・種昌 |
主な城主 | 若泉氏、小田氏、松平氏西尾氏、朽木氏、土屋氏 |
遺構 | 太鼓櫓門、土塁、堀 |
指定文化財 | 県史跡 |
復元状況 | 東櫓、西櫓 |
更新日:2024/03/19 14:45:07
土浦城の見学情報・施設案内 情報の追加や修正
あり
なし
項目 | データ |
---|---|
営業時間 |
|
料金(入城料・見学料) |
|
休み(休城日・休館日) |
|
トイレ | あり |
コインロッカー | なし |
写真撮影 | |
バリアフリー |
土浦城の見所は城メモをご覧ください
さらに先の週間天気予報については気象庁のサイト 等で確認してください。
土浦城へのアクセス情報 情報の追加や修正
項目 | データ |
---|---|
アクセス(電車) |
|
アクセス(クルマ) |
|
駐車場 |
|
じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。
城メモと重複するスポットは表示していません。
あなたが泊まったホテルのレビューをお願いします!(レビューはホテルの詳細ページから投稿できます)
土浦城について参考になると思われるインターネット上の情報へのリンクです。すべて別ウィンドウが開いて表示されます。
まだトピックがありません(情報募集中)
この本は日経新聞の土曜朝刊別刷に掲載中の「何でもランキング(1〜10位)」の旅に関する記事をまとめたもの(2019年8月発行)。《第1部、絶景を見に行く》のコーナーには「闇夜に浮かぶ城、冬こそ必見」、《第2部、そぞろ歩きを楽しむ》には「1日で散策満喫、ほどよいサイズの城下町」のページがあってそれぞれ10の城と城下町が紹介されています。松本城と弘前城は両方にランクイン、また「〜城下町」の方にはこうの団長のコメントや「調査の方法」のところには「お城ファンサイト「攻城団」などの推薦や…」というちょっと嬉しい表記も。
たまには攻城しないお出かけ先を探してみようと久しぶりに書棚から出したのですが、やっぱり「城、城下町」のページを真っ先にチェックしました。さて、同行者の満足ポイント(街歩きと地元の食やお酒)があって、ほどよく攻城できる次の行き先はどこになるかな。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する