別名 片桐城

船山城は片桐氏(片切氏)の居城として知られています。片桐氏は武田氏に従っていましたが、1582年(天正10年)に織田信長による信濃侵攻が開始されると城主・片桐正忠は伊那衆とともに迎え撃ち、討死しました。嫡男の片桐長公も大島城に籠城して討死したため滅亡しました。なお豊臣秀吉と徳川家康に仕えた片桐且元は同族です。現在城址には土塁や堀切などの遺構を確認することができます。また大手口跡の御射山神社の鳥居前に城址碑と案内板があります。
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情報提供元:楽天トラベル
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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