別名 高子館

高子岡城は伊達朝宗(中村入道念西)の居城で、伊達氏発祥の地として知られています。朝宗は源頼朝からこの地を与えられると伊達氏を名乗りました。その後、360年にわたって伊達氏はこの地を拠点としましたが、15代・伊達晴宗の代に将軍・足利義輝の命により米沢城に移りました。現在城址に鎮座する亀岡八幡宮は築城の際に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請したもので、以後も伊達氏の居城とともに移り、現在は仙台市川内亀岡町にあります。また頂上は「高子二十境・丹露盤」という景勝地になっています。なお朝宗の墓は万正寺(桑折町)にあります。
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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