姉帯城は姉帯大学兼興の居城として知られています。1591年(天正19年)に起きた「九戸政実の乱」の際には九戸軍の最前線の城として、兼興は弟の姉帯五郎兼信や戸田帯力とともに九戸城攻撃に向かう豊臣勢を迎え撃つために230人の将兵と籠城しました。豊臣勢は蒲生氏郷が率いる2万8000人の大軍で、百倍以上の敵を相手に善戦しましたが、ついに落城すると、その後は一戸南部氏の一族である野田氏が入城しています。しかし翌年に破却されました。現在城址は公園として整備されており、土塁や空堀などの遺構を確認できます。
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歴史上有名人のサイン帳。花押2045点、印章393点が使用した人物名の五十音順に並んでいる。総勢1,112名には天皇、公家、僧、書家・画家などもみられるが武将、大名が大半かな。花押は肉筆なだけに人柄を想像してしまう。個を立てつつ恭順の気持ちも込めてデザインを考えたのかな、筆の勢いとかバランスとか(本人 or 右筆が)何度も練習したのかなと思うと楽しい。バリエーションの豊さ第1位は伊達政宗で花押21種印章9種。細川忠興の印章で「tada uoqui」とアルファベットを使っているのには目を引かれた。雪舟や長谷川等伯らの名前もあってページをめくっていたらあっという間に日が暮れてしまった。
男性ばっかりと思うなかれ、高台院、光明皇后の印章、そして春日局の花押も掲載されている。巻末には没年順の索引があって光明皇后(701~760年没)はその筆頭だ、偉い。
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