別名 猿飛城、勝山城、根尾山城

猿啄城は多治見修理の居城でした。1565年(永禄8年)に起きた「堂洞合戦」では織田信長の家臣である丹羽長秀、河尻秀隆らによって攻略されると、信長は勝山城と城の名を改め、秀隆を城主に命じました。その後、1575年(天正3年)に秀隆が岩村城に移ると廃城となっています。現在城址はハイキングコースとして整備されており、堀切や土橋などを確認することができます。また1997年(平成9年)12月には坂祝町の誕生100周年を記念し、二層城郭風の展望台が建てられました。
猿啄城を訪問した171人の報告によれば、平均見学時間は1時間10分、平均評価は3.33点となっています。
猿啄城を攻城した団員が残してくださったコメント(クチコミ)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
猿啄城へのアクセス情報 情報の追加や修正
無料
じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。 フィードバック
各スポットの詳細な位置関係は 周辺地図で確認してください。
猿啄城とあわせて訪問するのにオススメのお城です。
猿啄城の周辺にあるホテルや旅館を表示しています。
あなたが泊まったホテルのレビューをお願いします!(レビューはホテルの詳細ページから投稿できます)
情報提供元:楽天トラベル
まだ本城登録している団員がいません
黒まめさんのレビューを見て、読んでみることにしました。
この本では、行きにくい城には遺構が多く残っているということで、敢えて行きにくい城が初級編、中級編、上級編、そして変態編の4グループに分けて掲載されています。初耳の城も有りましたが、日本100名城、続日本100名城に指定されている城も多く紹介されていますので、名城巡りをされている方も参考になると思います。
この本に掲載されている城で行ったことがあるのは初級編の杉山城のみで、今思えばこのお城ですら駅からの往復で1時間半程度をかけてやっと攻城しているので、「行きにくい城」を体感しているので納得です。
掲載されているお城は何れも公共交通機関ではなかなか行きにくい様ですが、車で行く場合に重要な駐車場情報が掲載されているし、トイレの有無、携帯電話の通信状態なども掲載されていますので攻城時非常に役立つと思います。
攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する