関城は南北朝時代の城で、真壁城や大宝城とともに南朝方の関東六城のひとつに数えられています。結城氏2代当主・結城朝広の4男朝泰が関氏を名乗り、築城しました。1343年(興国4年)、北朝方の高師冬の軍勢に攻められると関宗祐とその子・宗政は北畠親房らとともに籠城しましたが、11月11日に落城し、宗祐父子は討死しました。この戦いの最中に親房が白河城の結城親朝に対して送ったとされる『関城書(かんじょうしょ)』は、江戸時代に『本朝通鑑』や『大日本史』に採録され、のちの尊皇思想に影響を与えたことでも知られています。現在城址は国の史跡に指定されており、土塁や堀のほか、坑道跡を確認できます。また宗祐父子の墓と伝えられる宝篋印塔があり、地域の人たちによって落城の日を命日として墓前祭が行われています。
関城を訪問した150人の報告によれば、平均見学時間は32分、平均評価は2.78点となっています。
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情報提供元:楽天トラベル
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江戸城天守を再建する会の特別顧問をされている三浦正幸先生が書かれた著書で三浦先生のお話は講演会等でよくお聞きしているので、お城の構造について勉強したく手に取りました。前半は天守の外壁、窓、狭間、石落、そして基本的構造について詳細に解説されており、外壁の仕上げ、屋根、破風の形に格式の上下があることを知り、今後天守の見方が変わるように思えました。後半は現存12天守、失われた天守の詳細説明がされています。熊本城の宇土櫓が第一期普請で建てられた初代天守であることを初めて知りました。この一冊で天守の構造に付いてほぼ網羅していると思いますので、天守の構造について詳しく知りたい人にはお勧めです。なお、続編として「櫓・城門編」もあるようですのでそちらも読んでみようかと思います。
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