下津井城は宇喜多秀家が岡山城の出城として築いた城として知られています。江戸時代初期に池田忠継が岡山藩主となった際には4年がかりで改修を行いました。1615年(元和元年)、一国一城令が出された後も存城を認められましたが、1639年(寛永16年)に廃城となります。現在、城跡は「瀬戸大橋架橋記念公園」として整備されています。遺構としては石垣や土塁が残っているのみですが、岡山県内では数少ない近世城郭遺構として貴重な存在です。また市内にある正福寺には城門が移築され現存していると伝えられています。
目次
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88 m( 88 m)
内郭:-- 外郭:--
天守があったとされるが詳細は不明。
宇喜多秀家
着工 文禄年間(1592年〜1596年)
1639年(寛永16年)
池田長政
浮田家久、池田氏(3万2千石)
石垣、土塁、(伝)移築門
県史跡
項目 | データ |
---|---|
曲輪構成 | 連郭式 |
縄張形態 | 平山城 |
標高(比高) | 88 m( 88 m ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
天守縄張、天守形式 | |
天守の階数 | |
天守の種類 | 非現存天守 天守の分類 |
天守の高さ | |
天守台石垣の高さ | |
天守の広さ(延床面積) | |
天守メモ | 天守があったとされるが詳細は不明。 |
築城主 | 宇喜多秀家 |
築城開始・完了年 | 着工 文禄年間(1592年〜1596年) |
廃城年 | 1639年(寛永16年) |
主な改修者 | 池田長政 |
主な城主 | 浮田家久、池田氏(3万2千石) |
遺構 | 石垣、土塁、(伝)移築門 |
指定文化財 | 県史跡 |
復元状況 |
更新日:2024/04/19 03:28:10
項目 | データ |
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アクセス(電車) |
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アクセス(クルマ) | |
駐車場 | あり |
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