岡山城
岡山城

[岡山県][備前] 岡山県岡山市北区丸の内2-3-1


  • 平均評価:★★★★☆ 3.64(48位)
  • 見学時間:1時間18分(39位)
  • 攻城人数:2608(13位)

六十一雁木上門(要害門)

本段から旭川に臨む「水の手」に通じる、勝手筋の石段は「六十一雁木」と呼ばれていました。
名前の由来は、江戸時代初期に整備された際に、61段の石段があったことにちなんでいます。

石段の上下には門があり、とくに下には本格的な櫓門(下門)がありました。
上門・下門の両門とも明治になって取り壊されましたが、1966年(昭和41年)に上門だけが木造で再建されました。
(ただし、現在の姿は、絵図に示された当時の構造と細部が異なっています)

六十一雁木上門に設置されている説明板の内容を紹介します。

提供:公益社団法人おかやま観光コンベンション協会
六十一雁木上門(ろくじゅういちがんきうえもん)
 本段から川手に通じる門で、前方の石段がもとは61段あったことからこう呼ばれたらしい。
Rokujyu-ichi Gangi Ue Mon (Gate on the top of sixty-one steps)
The gate is said to have been named after 61 stone steps in front, leading from Hondan on the highest level to the bank of the river.
   

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今日のレビュー

家康<一> 信長との同盟 (幻冬舎時代小説文庫)

地元の新聞に連載されていたので愛読していましたが、この度文庫化されたので、購入し再読しました。第1巻は桶狭間から清州同盟まで描かれています。

桶狭間合戦で今川義元が討ち死にすると、家康は難なく岡崎城に戻って今川家から独立し、信長と同盟した印象を持っていましたが、実はそうでもなく、綱渡り的な展開だったことに少々驚きました。我々は歴史の結末を知っているので、歴史の流れを「当たり前」と思うことが少なからずありますね。

藤式部卿さん)

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