
音羽氏城の詳細は不明ですが、伊賀十二評定衆のひとり、音羽半六の城とされています(音羽半兵衛や城戸氏を城主とする説もあり)。おそらくは1581年(天正9年)の「第二次天正伊賀の乱」後に廃城となったと思われます。現在城址には石垣や空堀などの遺構を確認することができ、とくに主郭部周辺に巨石を用いた虎口が見どころです。山麓にある西音寺から西北へ約500mほどの位置に登城口があり、案内板が設置されています。
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情報提供元:楽天トラベル
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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