箕輪城は木曽氏の一族である箕輪氏代々の居城として知られています。戦国時代には福与城の支城として木下総蔵が城主を務めましたが、木下氏が下伊那に移ると福与城主・藤沢頼親の養子である藤沢左衛門尉重時が城主となりました。その後、1545年(天文14年)の武田信玄による伊那進攻により落城すると、頼親らは伊奈の地を追われています。現在城址は養泰寺の墓地になっていますが、周囲に土塁と空堀を確認することができます。
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710 m( 20 m)
内郭:-- 外郭:--
箕輪氏
着工 室町時代初期
1582年(天正10年)か
箕輪氏
箕輪氏、藤沢氏
曲輪、土塁、堀切
町史跡
項目 | データ |
---|---|
曲輪構成 | |
縄張形態 | 平山城 |
標高(比高) | 710 m( 20 m ) |
城郭規模 | 内郭:-- 外郭:-- |
築城主 | 箕輪氏 |
築城開始・完了年 | 着工 室町時代初期 |
廃城年 | 1582年(天正10年)か |
主な改修者 | 箕輪氏 |
主な城主 | 箕輪氏、藤沢氏 |
遺構 | 曲輪、土塁、堀切 |
指定文化財 | 町史跡 |
復元状況 |
更新日:2024/04/25 03:56:20
項目 | データ |
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駐車場 |
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八王子城跡が現在のように整備されたのは、落城400年にあたる1990年以降のことです。本書の出版も同時期で、出版後に発見された遺構もあれば、今は目にすることのできない遺構も多数あります。言い換えると、1990年当時の八王子城跡の姿を記録した書であるとも言えます。八王子城に興味を持ってくださった方にはお薦めの一冊です。すでに廃刊となっていますので、古書店か図書館で探してください。
トンネル工事や台風・地震などにより、現在は失われてしまった石垣などの貴重な写真も多数掲載されていますが、白黒で小さいため分かり辛いのが残念。
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