
高田城は南部氏の家臣である土岐大和之助則基の居城です。1578年(天正6年)に浪岡城が大浦為信(津軽為信)によって攻め落とされると、則基と嫡男である則重は討死し、次男・則忠と三男・則吉は三戸へ逃れ、そのまま廃城になったと思われます。則忠と則吉はこのとき南部高信の次男である政信の娘を救出しています。その娘が七戸城主・七戸直時に嫁ぐと、土岐氏も七戸に移って高田氏を名乗り、七戸城番頭筆頭四家のひとつとして栄えました。現在城址は宅地化されていますが、堀の一部が現在も残っています。
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10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。
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