別名 楠山城

楠城は楠氏が170年にわたって居城とした城です。6代・楠正忠、7代・楠正具は織田信長と戦い、とくに正具の代の1567年(永禄10年)には信長の命を受けた滝川一益の北伊勢侵攻が開始され、正具は最後まで信長に抵抗して大坂石山合戦で討死しました。その後は親戚筋の村田正盛が城主となり、織田信雄に仕えましたが、1584年(天正12年)の「小牧・長久手の戦い」で羽柴秀吉に攻められ、処刑されました。現在城址には「丸の内」という地名が残るものの遺構はなく、城址碑と案内板が建てられています。
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情報提供元:楽天トラベル
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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