別名 高城、須古高城

須古城は龍造寺隆信の隠居城として知られています。もともとは有馬氏に従っていた平井氏の居城でしたが、隆信に攻められ落城しました。その後は龍造寺氏の属城となり、北部九州支配の拠点として使われました。しかし、1584年(天正12年)に隆信は有馬・島津連合軍との戦いで討死したため、須古城は隆信の弟、龍造寺信周の居城となり、須古鍋島家の祖となりました。現在城址には須古小学校があり、小学校の東側に水堀の名残が残っています。
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江戸城天守を再建する会の特別顧問をされている三浦正幸先生が書かれた著書で三浦先生のお話は講演会等でよくお聞きしているので、お城の構造について勉強したく手に取りました。前半は天守の外壁、窓、狭間、石落、そして基本的構造について詳細に解説されており、外壁の仕上げ、屋根、破風の形に格式の上下があることを知り、今後天守の見方が変わるように思えました。後半は現存12天守、失われた天守の詳細説明がされています。熊本城の宇土櫓が第一期普請で建てられた初代天守であることを初めて知りました。この一冊で天守の構造に付いてほぼ網羅していると思いますので、天守の構造について詳しく知りたい人にはお勧めです。なお、続編として「櫓・城門編」もあるようですのでそちらも読んでみようかと思います。
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