和歌山城
30 和歌山城

[和歌山県][紀伊] 和歌山県和歌山市一番丁3


  • 平均評価:★★★★☆ 3.54(46位)
  • 見学時間:1時間35分(44位)
  • 攻城人数:317(31位)

石垣の刻印

和歌山城の石垣には2110個のさまざまなデザインの刻印が見つかっています。

和歌山城は安土桃山時代の豊臣秀長による築城から、江戸時代を経て何度も改修がつづけられたため、各所に異なる時代の石垣を見ることができます。
とくに秀長から浅野幸長にかけての時代の石垣には刻印された石垣石が数多く見られ、調査によれば、約170種類の模様が、2100個以上の石に確認されています。

DSC_8292

さまざまな模様の石垣を間近で見られます。
なお、石垣に使用されている大半の石は和泉砂石です。

DSC_8293
DSC_8294
DSC_8295

刻印が目立つ場所にはこのような案内板があります。
(これは発見された刻印の約4割が集中しているとされる新裏坂にある案内板です)

DSC_8296
DSC_8298
DSC_8299

和歌山城石垣の刻印について
 和歌山城の石垣のうち、2110個に刻印(こくいん)があることが分かっています。この新裏坂周辺で、坂の西方に続く石垣に854個と約4割が集中しています。
 刻印のデザインは多種多様で40種類以上が確認されており、家紋やその省略文字であったり、方位や日付、人名と考えられるものもあります。また刻印のある場所は石の正面だけでなく、側面や上下とあらゆる面にわたっていることが確認されています。
 石垣の刻印は、全国的には慶長(1596~1615)から寛永(1624~1644)期に築かれたものに多く見られますが、何のために刻印されたかについては、石材所有者の表示、石質チェック、鬼門除けなど呪術的使用など諸説が有り、はっきりとは分かっていません。
 和歌山城研究家として知られる故松田茂樹氏は、刻印のある石垣が和泉砂岩(いずみさがん)に限られ、浅野家が城主だった時代(1600~1619)に修築された石垣にしか使われていないことなどから、浅野家の家臣が主家の城普請に協力したしるしとして刻印したと見ておられる。
この記事のURLとタイトルをコピーする
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)
石垣の刻印についてのクチコミ

じっさいに訪問して感じたことや補足の情報があれば、ぜひ書き込んでください!

攻城団のアカウントでログインすることができます ログイン

和歌山城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック
トップへ
戻る