佐生城は六角氏の重臣である後藤氏が、観音寺城の支城として築いた城です。繖山の尾根沿い最北端に位置しています。後藤氏は藤原秀郷の子孫といわれ、平素は山麓の後藤館に居住しており、その詰城として築かれました。後藤但馬守賢豊は進藤氏とともに「六角氏の両藤」と呼ばれ、六角義賢のもとで宿老として浅井攻めなどに活躍しましたが、1563年(永禄6年)に義賢の子である義弼(義治)に謀殺されると「観音寺騒動」の発端となり、1568年(永禄11年)には織田信長によって観音寺城とともに落城させられました。現在城址には主郭部周辺に石垣が良好に保存されており、「後藤但馬守城址」と書かれた城址碑が建てられています。登城口は北向岩屋十一面観音の参道奥にあり、ハイキングコースが整備されています。
佐生城を訪問した161人の報告によれば、平均見学時間は42分、平均評価は3.28点となっています。
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情報提供元:楽天トラベル
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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