別名 水原館、水原代官所

水原城は揚北衆のひとり、水原親憲の居城として知られています。水原氏はこの地の有力国人として上杉謙信に従い、転戦していましたが、1583年(天正11年)に水原満家が「新発田重家の乱」で討死すると一時断絶しました。1586年(天正14年)に上杉景勝の命で大関親憲が継いで城主となったものの、その後の上杉氏の会津転封に従ったため廃城となりました。現在城址に遺構はありませんが、1746年(延享3年)に幕府直轄地として置かれた水原代官所が1995年(平成7年)に復元されています。
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団員ブログ記事の丁寧な紹介記事を読み、攻城団テレビでも紹介されたので、面白そうと思って購入しました。
新書らしく、わかりやすい言葉と文章でまとめられており、歴史初心者の自分でも、挫折せずに読了できました。
「身勝手」「型破り」と、どちらかといえば批判的に捉えられてきた細川政元の行動を、時代背景、育った環境や人間関係等含めて丁寧に再検証し、「なぜ、その行動、選択に至ったのか」を読み解いています。
政元の再評価を目指して書かれた為か、全体にあたたかな目線で人物像が描きだされており、全肯定というわけではないけれど、好感が持てました。
また、タイトルにある「オカルト」に含まれる修験道への傾倒が、「境界を越えることができる者への憧れ」という考察には、とても納得させられました。
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