別名 平柳氏館、平柳蔵人居館

平柳蔵人館は岩付城主・太田資正の家臣である平柳蔵人の居館です。1564年(永禄7年)に資正と下総の里見義弘が連合して、小田原城主・北条氏康と戦った「鴻之台の合戦(第二次国府台合戦)」で蔵人は連合軍の先鋒として奮戦したものの討死しました。現在跡地には南平台公民館元郷分館があり、遺構は残っていませんが石碑が建てられています。
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情報提供元:楽天トラベル
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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