牛岐城は阿波守護・細川氏に従っていた新開実重の居城として知られています。1582年(天正10年)に城主・新開実綱が長宗我部元親に謀殺され、元親は弟の香宗我部親泰を海部城から移して、阿波の拠点としています。しかし羽柴秀吉による四国攻めで、木津城が落城したことから親泰はこの城を放棄して土佐へ撤退しました。蜂須賀氏の阿波入国後は「阿波九城」のひとつとして、家老である細山帯刀(のちの賀島主水)政慶が城代をつとめました。このときに牛岐から富岡に改称され「富岡城」と呼ばれましたが、「一国一城令」により廃城になりました。現在城址は「牛岐城趾公園」として整備されており、公園内にある「牛岐城趾館」には野面積みの石垣が展示されています(見学は公園管理事務所に連絡が必要)。
牛岐城を攻城した団員が残してくださったクチコミ(レビュー)です。じっさいに訪問した方の生の声なのでぜひ参考に。
項目 | データ |
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営業時間 |
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料金(入城料・見学料) | 無料 |
休み(休城日・休館日) |
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トイレ | あり |
コインロッカー | |
写真撮影 | |
バリアフリー |
牛岐城の見所は城メモをご覧ください
さらに先の週間天気予報については気象庁のサイト 等で確認してください。
項目 | データ |
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アクセス(電車) |
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アクセス(クルマ) |
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駐車場 |
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じっさいに訪問した方の正確な情報をお待ちしています。
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平の将門の乱以降、藤原道長を中心とした京の都からの圧政に抗い、鬼と呼ばれる者たちを描いた歴史小説です。
賤ヶ岳の七本槍と石田三成を描いた”八本目の槍”が凄く面白かったので、作者、今村翔吾先生の本をもっと読んでみたいと思い購入しました。
以下解説引用。
土蜘蛛、滝夜叉、山姥…などの恐ろしげな名で呼ばれ、京人から蔑まれていた。一方、安倍晴明が空前絶後の凶事と断じた日食の最中に、越後で生まれた桜暁丸は、父と故郷を奪った京人に復讐を誓っていた。様々な出逢いを経て桜暁丸は、童たちと共に朝廷軍に決死の戦いを挑むが―。皆
皆が手をたずさえて生きられる世を熱望し、散っていった者たちへの、祈りが描かれております。
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