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七尾城「大谷川から本丸に登ろう」参加レポート

先日、地元の七尾市で公民館主催の「大谷川から本丸に登ろう」が開催されたので参加してきました。
七尾城跡に登るには、七尾城史資料館裏手からの大手道がメジャーですが、その他にも何本か道があるようなのです。今回はもっとも南側の「虎の尾」の道を歩きました。

ルートでいうと、七尾城史資料館―神明神社―古府林道―九尺石―本丸跡になります。古府林道というのは大谷川に沿ってある道で、石動山に通じる道でした。この日の地図をもらってきましたので下に貼っておきますね。

赤い線でルートが明示されています。一般的には左側の「旧道」をあるいて本丸に向かいます。今日は右側の「林道古府線」をとおって本丸を目指すイベントでした。

じつはこの道、1575年(天正4年)11月~1577年(天正5年)9月にかけて上杉謙信が七尾城を攻めた際に登城につかったルートではないかと推測されているそうです。
詳しいことは、後日あらためて聞きたいな思っていますが、上杉軍は本陣を石動山大宮坊にかまえていたとか、天神川原という地域においていた、とか耳にした記憶があります。その位置ってたしかにこの右側を5キロほど南下したところなんですよね。

さて「登城道」とはいうものの、すごく険しい獣道でした。
七尾城を歩いて攻城しよう! という市外の方はたぶんひとりじゃいけそうにありません。ぼくもはじめて歩くような道でした。
(周囲の人もおなじようなことを話していました)

でも説明を聞きながら攻城すると、ただの林も往時に想いを馳せながら見渡すことができるので、楽しめるかもしれませんね。「こんなの甲冑を着て歩けない!」とか。

では、写真入りでレポートをお送りします。

七尾城史資料館前から出発します。

登城口につながる裏道を歩きます。

このまま小道を進んでいきます。
進行方向の左手が七尾城跡がある城山(じょうやま)になります。左手の田んぼになっている場所は、かつては七尾城惣構だったそうです。

地名も左側は「古城町」。右側は「古屋敷町」。
かつてこの付近一帯がお城や城下町だったことを偲ばせる地名ですね。右手奥の道路は能越自動車道という幹線道路です。

左手には、尾根がみえます。真ん中からやや左側の尾根が三の丸付近だとか。

神明神社がある場所につきました。神社の背後がややこんもりとした茂み(丘)になっています。この付近も七尾城惣構の内側で、曲輪らしきものがあったそうです。

さらに歩いて古府林道に向かいます。

川をわたります。

あんがい怖かった......。

あとは川沿いに林道を歩きます。

山の方、東に向かいます。ときおりイノシシ対策の電気柵が仕掛けてありました。

沢をわたります。かつては道があったそうですが、工事で道がなくなったので、渡る際には石をつたって向こう側にいきます。

わたると、さらに石積みをのぼります。ここけっこう滑りました。

竹が生えているなかをどんどん歩きます。まさに獣道です。

沢を上がり、尾根伝いに竹林のなかを進んでいくと城平支群がでてきます。

尾根伝いは、ほぼ獣道。猪がとおっている跡がけっこうありました。
10分以上歩いて、かつては曲輪もしくは屋敷があったのではないか、と推測される場所に出ます。

奥のほうが少し土塁(?)のようになっていますが、この上あたりにいま来た道を見張る建物があったと推測されているそうです。いまではすっかり獣道ですが、七尾城末期には、このあたりが本道だったそうです。

京からのお客さんや使者は、馬や輿をつかってこの道を本丸に向かったと考えられているそうです。
いま登城につかっている大手道だと、勾配が急で輿や馬は移動できなかったんじゃないか、というのがその理由です。

なるほどと思いながら、のぼってきた道をふりかえります。

さて攻城はまだまだつづきます。のぼっていくと途中にイノシシの沼田場がありました。

沼田場(ヌタ場、ぬたば)とは、イノシシやシカなどの動物が、体表に付いているダニなどの寄生虫や汚れを落とすために泥を浴びる場所のことです。

石がところどころに転がっています。これは大半が七尾城の石垣だそうです。400年近くの間に崩れてしまい散乱してしまっているとか。
左側奥の斜面が、かつて石垣におおわれていたわけですね。

しかし山道とはこのことですね。もし攻城するなら雨の翌日は避けたほうが無難です。この日もところどころぬかるんでいました。

歩いていても城址感はぜんぜん感じないんですけど、あちこちに石が埋まっていました。
これもやはり七尾城の石垣。積まれていた石の大半は、この付近の沢で採取された石だそうです。

話を聞きながら攻城できると、いろいろ想像しつつ楽しむことができました。
お城攻めには予備知識があるとより楽しむことができるなぁとあらためて感じました。

この道がかつて本道だったらしいとか、ここに門があったらしいといった話をきくと、戦国期の山城の風景が浮かんできました。

かれこれ1時間強歩いて九尺石に到着。

のぼると温井屋敷跡に出ます。

少し先に桜馬場跡の石垣が見えてきます。まっすぐ歩くと本丸にあがれますが、右に折れて裏側から本丸に向かいます。

この日、説明を聞いてはじめて知りましたが、裏手に本丸へ向かうための階段があります。
その手前に石が転がっている妙な切れ間があるのです。ここは虎口跡だったそうです。

のぞきこむと急斜面になっていました。

七尾城址は整備計画を現在策定中とのこと。調査が進むといろんなことがわかってきそうですね。雨のあとなどで土が崩れたりすると、戦国期のものと思われる食器等が地面から顔を出していることもあるそうです。

ようやく本丸に着きました。

七尾湾が一望できます。いい天気だったので、観光客の方の姿も見えました。

七尾城は私有地だったこともあり、国指定史跡ではあるものの発掘調査がそれほど進んでいませんでした。石垣も畠山期のものと、前田利家が修復したものが混在しているようです。
また七尾城は前田家が小丸山に拠点を移したあとは廃城になっていましたが、砦としての機能はしばらく残っていたのかもしれない、という仮説もあるそうです。

七尾城は上杉謙信との戦いで有名なお城ですが、尾根伝いにある石動山城(5kmくらいしか離れていない)との位置関係をあわせて考えると、今日歩いた道を当時、上杉軍が通過したのかもしれない、防御線はどのあたりに敷かれたのか、といったことに思いを馳せることができますね。

全国各地の城址もかならずその用途と、なにかしらのドラマがあるわけです。
現地でおこなわれていく整備状況とあわせて、歴史のなかでそのお城がどういう役割だったのかを知っていくと、お城めぐりの楽しみが増します。

攻城団ではこういった情報や、(まさに今日歩いた)地元ならではの「通」な情報の発信も支援していきたいと、じっさいに歩いてみて感じました。

   
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