別名 具志川グスク、具志川城

具志川城は久米島にあるグスクで、三方を海に囲まれた琉球石灰岩の独立丘に築かれています。15世紀の初めに真達勃(まだふつ)按司が築城したといわれますが、真達勃の子の真金声(まかねくい)按司が、真仁古樽(まにくたる)按司に攻め込まれ、落城してしまいました。具志川城を手に入れた真仁古樽は、自ら具志川按司を名乗りましたが、16世紀の初期に中山王(ちゅうざんおう)・尚真の進める中央集権化政策によって滅ぼされ、廃城となりました。城跡からは青磁や中国古銭、陶器などが発掘されており、当時は中国との貿易が盛んだったとされています。
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情報提供元:楽天トラベル
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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