福知山城
福知山城

[京都府][丹波] 京都府福知山市内記5


  • 平均評価:★★★★☆ 3.57(53位)
  • 見学時間:1時間4分(71位)
  • 攻城人数:1683(59位)

福知山城のパンフレット

福知山市によって作成された福知山城の公式パンフレットです。

提供:福知山市
提供:福知山市
明智光秀が築いた丹波の拠点 福知山城
福知山城は、天正7年(1579)頃、明智光秀が信長の命を受けて丹波を平定した際、西国攻略に向けた最前線の拠点として、もともと横山城と呼ばれていた山城を近世城郭に改築したものです。丹波の山々に囲まれた福知山盆地の中央にあり、背後の由良川(ゆらがわ)や法川(ほうがわ)を自然の堀とし、丘陵を巧みに使った要害でした。光秀は、長引く戦乱や水害により荒廃した河原に城下町を整備し、この地を「福知山」と名付けました。また、楽市楽座を設け、由良川の治水対策に尽力するなどの善政を施し、現在の福知山市の礎を築いたことから、光秀は良君として今でも市民から慕われています。
光秀以降、城主はめまぐるしく変わりましたが、寛文9年(1669)に朽木稙昌(くつきたねまさ)が福知山藩主として入城して以降は、朽木家13代がこの地を治め、城下町として、由良川水運の港として繁栄しました。
明治時代に入ると、福知山城は廃城となり、石垣と一部の遺構を除いた大部分が取り壊されましたが、昭和61年、市民の「瓦一枚運動」などにより、往年の絵図をもとに天守閣が復元されました。以来、市のシンボルとしてまちを見守っています。
内部は郷土資料館として公開され、明智光秀や福知山の歴史に関する資料を展示しています。
提供:福知山市
提供:福知山市
提供:福知山市
提供:福知山市
提供:福知山市
提供:福知山市
提供:福知山市
   

この記事をいろんなキーワードで分類してみましょう。

この記事のURLとタイトルをコピーする
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)

福知山城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

今日のレビュー

ナンバー2の日本史 (MdN新書)

ナンバー1になりたくてなれなかった人、あえてナンバー2を選んだ人、ナンバー1でありナンバー2でもある人…いろいろですが、何故かナンバー2の方が面白く感じてしまうのは私だけではないハズ。各時代の政治を廻していたのは多くはナンバー2だったことを考えれば、魅力ある人物が並ぶのは当然と言えば当然ですね。本当に大勢のナンバー2について書かれていて分厚いですが、本を読むのが若い頃に比べて格段に遅くなってきた私でもサクッと読めました。中でも朝倉宗滴(←スミマセン全く知りませんでした…)、とても興味深く読みました。

黒まめさん)

書籍ページを表示する

すべてのレビューを表示する

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る