別名 川名池城

西馬音内城は稲庭城の支城として、小野寺経道の二男である小野寺道直によって築かれた城です。8代・小野寺肥前守茂道が城主のとき、娘婿である矢島五郎満安をかくまったことから宗家である横手城主・小野寺義道との関係が悪化し、その内紛に乗じた最上義光が1595年(文禄4年)に侵攻すると、茂道は義道の出兵に従わず降伏しています。しかし小野寺氏が最上氏に奪われた湯沢城を攻撃した際には復帰しています。小野寺氏は「関ケ原の戦い」で西軍の上杉景勝に味方しましたが、上杉氏が撤退すると孤立することになり、最上氏の攻撃を受けて小野寺氏は滅亡しました。現在城址には土塁や堀切などの遺構を確認することができ、近隣の西蔵時には焼け残った城門が移築されています。また土着した遺臣が主君を偲んで舞ったことが起源とされる亡者踊りは、徳島の阿波踊り、岐阜の郡上踊りとともに「日本三大盆踊り」と呼ばれています。
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10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。
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