小川城は沼田景久が沼田城の西の備えとして築いた城です。景久は二男の景秋に小川氏を名乗らせて城主としました。景秋の子の秀泰は岡林斎と名乗り、沼田七騎のひとりに数えられています。4代景奥が討死して小川氏が断絶すると、上杉謙信の裁可によって赤松祐正が小川可遊斎を名乗り城主となりましたが、謙信没後の「御舘の乱」の際に可遊斉は真田昌幸に従っています。しかし北条氏邦に攻められ可遊斉は越後へ敗走し、さらに昌幸が城を奪還すると小川氏一門の沼田衆の重鎮である北能登守を城代に任じています。現在城址は本丸部分が公園化されており、土塁や空堀などの遺構を確認することができます。
小川城を訪問した261人の報告によれば、平均見学時間は21分、平均評価は2.95点となっています。
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江戸城天守を再建する会の特別顧問をされている三浦正幸先生が書かれた著書で三浦先生のお話は講演会等でよくお聞きしているので、お城の構造について勉強したく手に取りました。前半は天守の外壁、窓、狭間、石落、そして基本的構造について詳細に解説されており、外壁の仕上げ、屋根、破風の形に格式の上下があることを知り、今後天守の見方が変わるように思えました。後半は現存12天守、失われた天守の詳細説明がされています。熊本城の宇土櫓が第一期普請で建てられた初代天守であることを初めて知りました。この一冊で天守の構造に付いてほぼ網羅していると思いますので、天守の構造について詳しく知りたい人にはお勧めです。なお、続編として「櫓・城門編」もあるようですのでそちらも読んでみようかと思います。
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