一宇治城は島津氏15代当主・島津貴久の居城です。1549年(天文18年)9月に来日したフランシスコ・ザビエルが貴久と対面してキリスト教布教の許可を得た城でもあります。もともとは伊集院氏の居城でしたが、島津忠良(日新斎)・貴久父子が奪取すると、薩摩半島における交通の要衝であったこの城を本拠としました。1550年(天文19年)に貴久が鹿児島の内城へ移ったあとも城番を置き管理していましたが、一国一城令で廃城となりました。城の縄張りは「神明城」「伊作城」「中尾曲輪」「釣瓶城」「弓場城」「護摩所」「南之城」「上平城」など、大小30個あまりの曲輪で構築された大規模な山城でした。現在城址は「城山公園」として整備されており、本丸にあたる神明城跡には地上16mの展望台が建設されています。
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