荻城は岡崎五人衆として松平信忠・清康に仕えた内藤義清の居城です。義清の子である内藤清長は1563年(永禄6年)に「三河一向一揆」が起こると一揆に加担したためこの地に蟄居となりました。清長の子の内藤家長は門徒でありながら主君である松平元康(徳川家康)に従い、その後も数々の武功を上げ、1600年(慶長5年)の「伏見城の戦い」で鳥居元忠とともに討死しました。家長の子の内藤政長の代に陸奥磐城平藩へ移りましたが、この地には一族が残っていたようです。現在城址は水田となっており遺構はありませんが、城址碑が建てられています。
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