別名 善光寺横山城
横山城の詳細は不明ですが、善光寺本堂を見下ろす高台に築かれた城です。戦国時代には武田信玄と対峙した上杉謙信が葛尾城と連携しながら二度にわたってこの城に布陣しています。現在城址は「城山公園」として整備されており、本丸跡には1879年(明治12年)に健御名方富命彦神別(たけみなかたとみのみことひこかみわけ)神社の社殿が建てられ、社殿の背後には一部土塁が残っています。
横山城を訪問した134人の報告によれば、平均見学時間は24分、平均評価は2.29点となっています。
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260年近く泰平な世の中であった江戸時代、徳川幕府に付いて知りたくこの本を手にした。
徳川政府(徳川幕府の事)とか、禁裏(朝廷の事)とか、聞き慣れない言葉が所々に出てきて最初は違和感を感じ、アメリカの研究者が書かれたものを翻訳されたものなので仕方がないと思っていましたが、最後まで読み終えると、「そうだったのか」と目から鱗が落ちた気持ちになります。
まとめとしては、徳川政府が把握する「表」の歴史と各大名が把握している「内証」の歴史は違う事をお互いに容認することで争い事のない泰平な世が260年近く続ける事が出来たようです。しかし、諸外国の進出により、この状況を理解させられなかったことから幕府の権威が失墜し、明治維新に繋がったということですが、それに繋がる研究事例がよくまとめられていました。
以上の様に、何故江戸時代が260年近くに渡り泰平な世だったかを理解するのにベストな一冊かと思います。
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