萩城
萩城

[山口県][長門] 山口県萩市堀内字旧城1-1


  • 平均評価:★★★☆☆ 3.43(129位)
  • 見学時間:1時間14分(86位)
  • 攻城人数:721(86位)

花江茶亭

指月公園内にある茶室「花江茶亭(はなのえちゃてい)」は、萩藩13代藩主・毛利敬親が1858年(安政5年)頃に、三の丸内の橋本川沿いにあった藩主別邸・花江御殿内に増築した茶室です。明治期に現在の場所に移築されました。

幕末期、敬親はここで家臣たちと茶事に託して時勢を論じ、国事を画策したといわれています。
現在は外観のみ見学自由となっています。

萩市の指定有形文化財に選ばれています。

萩市指定文化財
花江(はなのえ)茶亭
 花江茶亭は、安政の始め(一八五四年ごろ)、萩藩一三代藩主毛利敬親(たかちか)が花江御殿(川手御殿・常盤江御殿)内に造った茶室である。幕末の多事多難の折、この茶室で藩主は支藩主や家臣たちと茶事に託して、格式を捨てて時勢を論じ国事を画策したといわれる。
 維新後、花江御殿は長屋氏に譲渡されたが、明治二二年ごろ品川弥二郎らが主唱して茶室を買取り、指月公園内の現在地に移築した。
 茶亭は入母屋(いりもや)造、茅葺き(かやぶき)平屋建て、桁行(けたゆき)六・九五メートル、梁間(はりま)三・三八メートル、本床と脇床が付いた六畳(内一畳半は板の間)の茶室と三畳の水屋からなっている。移築の際湯殿と便所は取除かれ、瓦葺きの平屋一棟が控の間として増築された。萩市教育委員会
市指定有形文化財(建造物)
花江茶亭(はなのえちゃてい)
 花江茶亭は安政の始め(1854)ごろ、13代藩主毛利敬親(たかちか)が三の丸の橋本川沿いにあった花江御殿(はなのえごてん)(川手御殿・常盤江御殿)内に造った茶室である。幕末の多事多難のおり、この茶室で敬親は支藩主や家臣たちと茶事に託して時勢を論じ、国事を画策したといわれる。
 維新後、長屋氏に譲渡されたが、明治22年(1889)ごろ品川弥二郎等が主唱してこれを買取り、指月公園内の現在地に移築した。
 建物は木造入母屋(いりもや)造り茅葺き(かやぶき)平屋建て、桁行(けたゆき)6.84m、梁間(はりま)3.62m、本床と脇床がついた4畳半の茶室と、3畳の水屋からなっている。萩市教育委員会
   
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