宇都宮城には釣天井伝説があります。
これは江戸時代初期、当時の宇都宮城主で江戸幕府年寄の本多正純が、3代将軍・徳川家光を暗殺するために、宇都宮城に釣天井(吊り天井)を仕掛けたことにより、本多家は改易、正純が流罪となったというものです。
じっさいには宇都宮城に釣天井の仕掛けは存在せず、改易は別の原因によるもので、この伝説は創作されたものだと考えられています。
宇都宮城ものしり館にパネルが展示されています。
宇都宮城釣天井事件
この釣天井伝説のもとになったと考えられるのが、宇都宮城釣天井事件(本多正純改易事件)です。
これは幕府内で絶対的な権力者となった本多正純が、その存在を疎ましく思っていた土井利勝らの謀略により、2代将軍・徳川秀忠暗殺の嫌疑をかけられ改易、正純が流罪となった事件です。
なおこの事件の背景、黒幕には複数の説があります。
秀忠の姉で奥平忠昌の祖母・加納御前の恨みによるという説、秀忠自身が父である家康の代から幕閣の中で影響力を大きく持ち、自らの意に沿わない正純を疎ましく思っていたという説など、いずれも正純にとってはぬれぎぬを着せられる形となっています。