
大滝城は南北朝時代に大滝寺の僧兵たちによって築かれた城です。南朝方についたため、北朝方である斯波高経の家臣、吉見頼隆に攻められ落城しています。その後は朝倉氏の保護を受けて再興されたものの、1575年(天正3年)の織田信長による越前一向一揆鎮圧の際、滝川一益の攻撃を受け再び落城しました。現在城址には堀切などの遺構を確認することができ、本丸跡に城址碑と案内板が設置されています。なお一益が戦勝を祈願して権現山大杉の下に埋めたとされる鎧は嘉永年間に発掘され、大瀧神社宝庫に収められています。
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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