別名 下野富田城、富田陣屋

富田城は皆川氏の一族である富田氏代々の居城として知られています。1557年(弘治3年)、富田信吉が城主のときに皆川城主・皆川俊宗に攻められ落城すると、以後は皆川氏の所領となりました。その後、江戸時代の1613年(慶長18年)には北条氏勝の養嗣子である北条氏重が下総岩富藩から1万石で入封し、富田城跡に陣屋を構えて富田藩が立藩しました。しかし1619年(元和5年)に氏重が遠江久野へ転封となったため廃藩・廃城となりました。現在城址にはJR両毛線によって南北に分断されており、本丸跡には大平西小学校があります。小学校の正門脇に城址碑と案内板が建てられており、またその付近には二の丸北辺の土塁がわずかに残っています。
富田城は富田藩の藩庁です。
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情報提供元:楽天トラベル
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10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。
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