別名 羽川城、韮山城、韮山館

羽川新館は新田氏の一族で、由利十二頭に数えられる国人領主・羽川氏の居城として知られています。羽川小太郎義稙が城主の1588年(天正16年)に起きた秋田氏と小野寺氏との合戦の際には、義稙は秋田氏に味方して活躍しました。しかし赤尾津氏の計略にかかり出陣中に城を奪われると羽川氏は滅亡しました。その後、赤尾津九郎は羽川主膳正九郎と名を改めて仁賀保城の支城にしました。現在城址は公園として整備されており、土塁や空堀などを確認することができます。
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城址入口に駐車場あり
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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