
小倉城は小倉景実によって築かれた、小倉氏歴代の居城です。近江と伊勢北部を結ぶ八風街道を抑える要衝にあり、愛知川右岸の河岸段丘上に築かれています。のちに分家である小倉東家の居城となりました。なお小倉宗家は南の佐久良城、小倉西家は東にある山上城を本拠としています。1570年(元亀元年)、城主・小倉実房は織田信長に味方したため、敵対する六角氏に攻められ落城し、実房も討たれました。実房の妻である於鍋の方と子らは尾張に落ち延び、於鍋は信長の側室に、子らは家臣となっています。現在城址には土塁や空堀、堀切などの遺構が残っており、城址碑と案内板が建てられています。
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情報提供元:楽天トラベル
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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