粟生谷城はこの地域を支配していた粟生氏代々の居城です。1571年(元亀2年)に荒木村重が高槻城主・和田惟政と戦った「白井河原合戦」では、村重軍に属した中川清秀の配下として粟生氏晴の名があり、戦国時代には粟生氏は中川氏の家臣となっていたようです。現在城址は宅地化のため団地になっており、遺構はありません。
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おそらく、八王子城の解説本の中で最も重要な一冊でしょう。
八王子城跡が現在のように整備されたのは、落城400年にあたる1990年以降のことです。本書の出版も同時期で、出版後に発見された遺構もあれば、今は目にすることのできない遺構も多数あります。言い換えると、1990年当時の八王子城跡の姿を記録した書であるとも言えます。八王子城に興味を持ってくださった方にはお薦めの一冊です。すでに廃刊となっていますので、古書店か図書館で探してください。
トンネル工事や台風・地震などにより、現在は失われてしまった石垣などの貴重な写真も多数掲載されていますが、白黒で小さいため分かり辛いのが残念。
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