別名 亀田城、天鷺城

亀田陣屋(亀田城)は江戸時代に亀田藩の藩庁として利用された陣屋です。1622年(元和8年)に山形藩主・最上氏が改易されると由利郡は本多正純の所領となりましたが、その正純も翌年改易となったため由利郡は亀田藩・本荘藩・仁賀保藩・矢島藩に分割され、亀田藩には岩城修理大夫吉隆が入りました。吉隆はかつての赤尾津氏の居城・赤尾津城の麓に陣屋を築き、以降代々岩城氏が藩主をつとめました。幕末の当主、8代・岩城隆喜の代で城主格大名となったため亀田城と呼ばれるようになりましたが、戊辰戦争で焼失しました。現在跡地には亀田小学校や「亀田城佐藤八十八美術館」があり、城門と石垣が復元されています。また近くに「天鷺城」として模擬天守が建てられています。
亀田陣屋は亀田藩の藩庁です。
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亀田陣屋に関するデータ 情報の追加や修正
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27.308 m
内郭:-- ha 外郭:-- ha
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本来の亀田城は天守がなかったが、観光施設として高さ20mの模擬天守「岩城歴史民俗資料館」が建てられた。
岩城吉隆
着工 1623年(元和9年)
1868年(慶応4年)
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岩城氏
曲輪、土塁、空堀
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模擬天守、模擬城門
更新日:2026/07/17 04:15:54
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江戸城天守を再建する会の特別顧問をされている三浦正幸先生が書かれた著書で三浦先生のお話は講演会等でよくお聞きしているので、お城の構造について勉強したく手に取りました。前半は天守の外壁、窓、狭間、石落、そして基本的構造について詳細に解説されており、外壁の仕上げ、屋根、破風の形に格式の上下があることを知り、今後天守の見方が変わるように思えました。後半は現存12天守、失われた天守の詳細説明がされています。熊本城の宇土櫓が第一期普請で建てられた初代天守であることを初めて知りました。この一冊で天守の構造に付いてほぼ網羅していると思いますので、天守の構造について詳しく知りたい人にはお勧めです。なお、続編として「櫓・城門編」もあるようですのでそちらも読んでみようかと思います。
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