調査により山頂曲輪の一段下にも石垣があったことが確認されています。
史跡小牧山主郭地区~織田信長が築いた小牧山城~山の岩盤に築いた石垣
大手道から頂上の主郭(曲輪001)に到る主郭地区の史跡整備に向けて、遺構の遺存状況を確認するため、平成16~21年度にわたり4次の試掘調査を実施しました。
曲輪001を取り巻くように設けられた上段の曲輪021と曲輪023(現在地)を画する崖状の法面の調査では、小牧山の岩盤層の切り立ちの上に築かれた石垣を確認することができました。
近世城郭に多い水堀の底から立ち上がる平城の高石垣は、松の胴木を松丸太留めした上に基礎の根石を据え、間石を詰めながら積み石を組んでいきますが、ここでは、小牧山の自然の地形を活かし、岩盤を基礎としてその上に積み石をしたり、切り立つ露出した岩盤の崖そのものを石垣に見立てていたようです。石垣は、一部で2段の積み石が残っていたのみで、天端石は失われていました。
石垣の上段となる曲輪021の端部は、黒色土と砂礫層(岩盤が2〜5cm大に細かく砕かれたもの)が交互に積まれて造成されていました。
曲輪023の崖際では、裏込石として使われていたと考えられる大量の礫(丸礫、角礫とも)の堆積を検出しました。小牧市教育委員会