2017年に入団しました。本城(自宅)は大阪ですが、現在、単身赴任で、三重県に住んでいます。育った地域は、千葉県の上総国ですが、いろいろあって、先日まで、千葉県に約7年ほど、逆輸入?みたいな形で単身赴任していました。これから、三重県、愛知県、岐阜県、和歌山、奈良県を巡れたらなぁ、と思っています。
これから一生涯で達成したい目標
①100名城のコンプリート(60/100)
②続100名城のコンプリート(57/100)
③富士山登頂(未登頂)
④全都道府県の主要城郭5城攻城(24/47)
⑤旧国一宮の神社参拝、御朱印いただく(21/117)
⑥鉄印コンプリート(16/40)
⑦大仏参拝(選定中)
よろしくおねがいします。
右上(右下)の「管理」メニューから「攻城済み一覧」を選んでください。
詳細は以下でご説明しております。
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名鉄犬山線の柏森駅から徒歩で約25分ほどで着きます。城址には堀、土塀、物見櫓、門などが作られていて、小口城展示室があり、小口城に関わる歴史が紹介されています。 |
名鉄犬山線の江南駅から徒歩で約20分ほどで着く宮後八幡社一帯が城址です。蜂須賀家政生誕の地碑が八幡社と道路を隔てた反対側にあり、八幡社境内に説明板があり、わずかに石塁が遺されていました。 |
西大寺駅前の駐輪場にてレンタサイクルが借りれます。西大寺駅から自転車で約20分ほどで、「宇喜多直家 国とりはじまりの地」碑そばの登城口に着きます。登城口から大国神社を経由して、約8分ほどで本丸に着きました。ほとんどが墓地と林になっていますが、曲輪あととやや薄くなった土塁あとが確認できました。 |
JR赤穂線の邑久駅から徒歩で約25分かけるか西大寺駅前の駐輪場でレンタサイクルを借りて、自転車で約10分ほどで着きます。東側登城口前に「宇喜多直家生誕の地」碑がありました。登城口から本丸へは、約20分ほどで着き、石垣が遺されていました。出丸との間に大きな谷があり、出丸に土塁、堀切が確認出来ました。 |
近江鉄道の水口城南駅から徒歩で約5分ほどで着きますが、前を通る道は交通量が多いので、横断は注意です。石垣、水堀が現存していて、隅櫓が復元されています。隅櫓内には、周辺の城郭についての案内、展示もありました。 |
近江鉄道の水口駅から徒歩で約10分で登城口に着き、そこから約15分くらいで曲輪あとを経由しながら、本丸に着きます。伝西の丸あとに物見櫓風の展望台が作られています。伝本丸には石垣が遺されていて、各曲輪あとの間に堀切、空堀が施されています。大手道には食い違い虎口や枡形虎口が遺されていました。 |
金ヶ崎城の月見御殿あとから徒歩で約20分ほどで天筒山展望広場に着きました。ほぼ舗装された道で進めますが、熊注意の看板が金ヶ崎城との境界周辺に多くありましたので注意です。堀切や曲輪あとが確認でき、また、登城道が土橋のようになって、両脇に竪堀となっている箇所が複数ありました。 |
敦賀駅から徒歩で約30分で着きます。金崎宮に参拝し本殿脇の門をくぐると城址碑、説明板があり、登城道が始まります。三英傑が揃った場所と謳われている月見御殿あとなど曲輪あとが遺されていました。 |
JR湖西線の近江高島駅から徒歩で約11分ほどで天守台あとに着きました。かつて、琵琶湖の内湖上に本丸が浮いていた名残で、天守台周囲は、乙女池と湿地帯となっていました。石垣は一部崩れている箇所が、苔むした感じで遺されていました。 |
JR湖西線の近江高島駅から徒歩で約8分ほどで陣屋長屋門に着きました。門の周囲に陣屋町についてや水の管理の仕方など説明板があり、取水口(蛇口)もありました。周囲の町中に、側溝や水路が整備されていました。 |
近鉄桃園駅から徒歩で約25分ほどで着きます。木造町の街並みから少し外れた田園地帯の中に、唐突に小山のような城址が現れます。土塁の一部のようで、小山を少し登ったところに、城址碑と説明板がありました。 |
明知鉄道の阿木駅から徒歩で約7分ほどで阿木八幡神社脇の登城口に着きます。そこから尾根筋の登城道を進んでいくと、堀切を2本ほど越えたところに、プリンのような形状の本曲輪に着きます。本丸から、帯曲輪、竪土塁、虎口を経由し、南側登城口に降りられました。どちらの登城口も防獣柵の開閉が必要です。 |
みずなみかたりべの会が開催の現地説明会に参加して攻城。鶴ヶ城と併せて、天神山城と裏天神山城の三城を攻城できるルートを設定されていて、みずなみかたりべの会によって、整備されていました。本丸下にある大堀切は必見です。 |
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名鉄岐阜駅から岐阜バスに乗り、高富小学校前バス停下車、徒歩3分くらいで着く公民館の美里会館に陣屋碑がありました。遺構は確認出来ませんでした。 |
岐阜駅から岐阜バス・黒野線に乗り「折立平野総合病院前」バス停下車、徒歩6分で着きました。本丸部分はグラウンドになっていて、周囲を囲む高い土塁と空堀、水堀が遺されています。グラウンド入口のところに熱心な城址愛を感じるような保存会の情報掲示板がありました。 |
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JR北飯山駅から徒歩で約8分で公園入口に着きます。非常に雪深い地域でこの時期、入口から天守台石垣までの道は雪で進みづらかったですが、石垣を視認することができました。きれいな枡形の虎口の石垣ありました。また、南側の入口のところに櫓門が移築現存していました。 |
大垣駅からは、名阪近鉄バス岐垣線岐阜聖徳学園大学行きのバスに乗り、約20分くらい、墨俣バス停下車徒歩で約12分くらいで着きます。模擬天守閣の館内の展示品は充実しています。また、周囲を囲むように、犀川が流れています。 |
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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