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昔からお城は好きでしたが、息子にもそれが遺伝されたようで、親子で城巡りをするようになりました。せっかく城巡りをするなら御城印で残したいし、どこに何回行ったかも記録しようと思いネットで調べたら攻城団に巡り会いました。皆さんよろしくお願いします。

★よし★さんが過去に回答した読者投稿欄のお題

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私の場合,あまりひねっておらず,周りのみんなからこう呼ばれているからですw
アイコンは自画像をカミさんに作成してもらいました。

3箇所あります。
① 名古屋城(昨日も行ったばかりですが)・・・木造天守で再建がされたら絶対に見に行きたいです。木造じゃなくても楽しみです。
② 熊本城・・・再建が進む過程を見られてさらに勇気づけられると思います。
③ 姫路城・・・何度行っても新たな発見がありそう。

江戸城だと思います。何と言っても徳川幕府260年を支えたのは難攻不落の城があってものではないでしょうか。現存している皇居周りだけでも相当なのに,外郭を入れるととてつもない広さですよね。そして江戸城造りに関わったのが築城名手の藤堂高虎と弱点を見つけようもなく,城攻めの意欲を起こるはずもなく,が大名の心境だったのではないでしょうか。

長篠の合戦です。地元なので、長篠城はもちろん、古戦場も訪問しました。私が学生の頃には、織田信長がはじめて鉄砲を戦場で使用した合戦と習いましたが、近年の研究成果によると、武田軍も鉄砲は使用したものの、織田軍に比べると、銃弾や火薬の量が少なかったそうです。馬防柵が織田軍の勝利に寄与しただろうとの発表もあります。広範囲で復元された馬防柵が、古戦場で確認できるので、ぜひ現地に足を運んで下さい。
この合戦が織田信長の天下統一に向け大きな転換期になったのは間違いないと思うので、なので、長篠の合戦に一票を投じます。

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今日のレビュー

真田丸の謎 戦国時代を「城」で読み解く (NHK出版新書)

真田丸について真田氏の城づくり、戦国の城づくりから考察した本です。
資料から真田丸は、大阪城の惣構えから張りだした丸馬出し形ではなく、惣構えの外、深い谷を隔てた孤立無援の出城だったと結論付けています。
終章は「真田丸を歩く」というガイドブックになっていて、付近を歩いて楽しかったですよ。

やすべいさん)

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