東京オリンピック開催を前に、江戸城の天守を再建するという話がまた盛り上がっていますね。
2005年(平成17年)から活動しているNPO法人「江戸城天守を再建する会」を中心に進められているのですが、観光誘致のシンボルになるという意見もあれば、けっこう反対意見も多く見られます。
いくら海外からの観光客増加につながるとはいえ、お城に興味のない人にとっては、ただのムダ使いに見えるでしょうしね。
江戸城の天守は徳川家康が築いたものを初代とすると、2代将軍である秀忠、3代将軍である家光がそれぞれ築いていて、3代の天守が存在していました。
それぞれ慶長天守、元和天守、寛永天守と呼ばれています。
最後の寛永天守が焼失したのは1657年(明暦3年)の「明暦の大火」の際で、その後、幕府で天守復興が検討されましたが、財政難であることや被災者支援を優先すると保科正之が判断した結果、再建されませんでした。
(現存する富士見櫓が天守の代用として利用されました)
なお、いまの皇居東御苑にある天守台石垣は寛永天守焼失の翌年に積み替えられたものです。加賀藩4代藩主・前田綱紀によって築かれました。
「江戸城天守を再建する会」や賛同している広島大大学院の三浦正幸教授によれば、東京観光のシンボルとなるモニュメントになることや、天守再建には大量の木材が必要となるため荒れている全国の森林を再生させるきっかけにもなると主張されています。
たしかに放置された森林が土砂崩れや花粉症などの問題につながっているため、(個人的に花粉症に悩まされているのもあって)説得力があるなと思いました。
またシンクタンクの日本経済研究所によれば、総事業費は約350億円(本体工事に250億円、仮設と天守台改修などに50億円、展示物などに50億円)に対して、竣工初年度の経済波及効果は年間約1000億円と試算されており、仮に2年目以降も同じ集客数を維持できれば、年間130億円の売り上げが立つ計算となっています。
まあこちらは取らぬ狸の皮算用というやつで、あまりあてにならないでしょうね。
城郭考古学者でもある奈良大学の千田嘉博学長が、現在の天守台は再建のモデルとされている寛永天守のものではなく、「明暦の大火」後に積み替えられたものであることを踏まえ、史実を前提とした場合の懸念点を指摘されています。
とても大事な視点だと思うので、そのまま引用して紹介します。
2014年7月27日の産経ニュース「佐々木美恵の青眼・白眼」が、江戸城天守の立体復元を取り上げています。ていねいに昨今の動きをまとめているように見えて、最も重要なポイントを見逃しているのではないでしょうか。(つづく) http://t.co/w0LAqEhyzV
-- 千田嘉博_奈良大学 (@yoshi_nara) 2014, 7月 28
立体復元が提案されている江戸城寛永期天守は、明暦3年に焼失しました。その後、前田家によって天守台石垣だけが新たに築かれましたが、建築としての天守は、再建されませんでした。つまり現存する天守台の上に、建築としての天守が建ったことは、一度もなかったのです。(つづく)
-- 千田嘉博_奈良大学 (@yoshi_nara) 2014, 7月 28
私は、城跡の整備・復元は、史実にもとづいて行うべきであると考えています。そう考えると、江戸城天守を歴史的に一度もなかった建物と石垣との組み合わせで「復元」することは、そもそも論として、大きな問題があるといわざるを得ません。(つづく)
-- 千田嘉博_奈良大学 (@yoshi_nara) 2014, 7月 28
以前、本丸櫓の立体復元を巡って議論になった仙台城。政宗以来の本丸石垣は3度築かれ、17世紀後半に築かれた現存石垣の上には、復元を目指した櫓が建ったことは一度もなかったと発掘で判明。そして史実に反する建物と石垣との組み合わせで、櫓を復元すべきでないとの結論に達したのです。(つづく)
-- 千田嘉博_奈良大学 (@yoshi_nara) 2014, 7月 28
仙台城の史実を大切にして整備するという判断は、江戸城天守の立体復元をどう考えるかに、重要な示唆を与えていると思います。たとえ建物としての天守が正確に復元設計できるとしても、石垣や城としての歴史的な整合性を無視して復元してよいと、考えるベきではないと思うのです。(おしまい)
-- 千田嘉博_奈良大学 (@yoshi_nara) 2014, 7月 28
現在の天守台は高さ11mで、元の寛永度天守台は13mでした。
また使用する石も伊豆石から御影石に変えて、より精緻な切石で積まれているなど、まったくの別物です。
ちなみに現在の天守台石垣の東南側にも焼けたあとが残っているので、「明暦の大火」で焼けた跡だと誤解を生みやすいのですが、これは1863年(文久3年)に起きた「文久の大火」によるものです。
こうした別物の天守台に、かつての天守を再建するというのは、史実に反する再建であって、歴史的な整合性がとれないので慎重になるべきだと主張されています。
ぼくはこの意見はかなり重たく受け止めるべきだと思うんですよね。
天守だけが城ではないのですが、そうはいっても天守があるほうが多くの観光客が見込めるのは事実です。
外観復元にすぎない熊本城がトリップアドバイザーのランキングで2年連続1位に選ばれているように、ちゃんと復元された天守の再建は積極的にやってほしいと思います。
ただ、資料がないために適当につくってしまった復興天守や、そもそも天守がないところに建てた模擬天守にいたっては、史実を完全に無視しているため、やっぱり良くないと思うんですよね。
初心者をだますことはできるかもしれないけど、歴史にウソをついている以上、展望台以上の魅力を訴求できないため、けっきょくは観光客をがっかりさせてしまうでしょうし。
それに天守を築くだけで観光客が何十年も来てくれるはずなくて、城下町を含めて歴史的な景観を再現していくべきだと思います。
日本らしい観光を考えるなら、ホテルではなく旅館の良さをアピールするとか、温泉や和食(とくに郷土料理)をセットにして紹介するとか、パッケージにしていく必要がありますよね。
ぼくはこれまでに江戸城天守の再建について、ぼんやりとした違和感があったのですが、千田先生の一連の発言を読んで、その違和感の正体がわかりました。
繰り返しになりますが、こうした天守再建の話は基本的には大賛成です。
かつて存在した全国の天守が当時の姿で再建されるなら、ぜひ見たいし、寄付もしたいと思っています。
ただその場合も史実を尊重して取り組んでほしいなと思います。
江戸城にかんしては年に1回でいいので、富士見櫓を見学させてほしいかな。
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