
御船城は甲斐宗運の居城として知られています。阿蘇惟豊の命で御船城主・御船房行を討った宗運は、阿蘇氏の重臣筆頭として大友氏との間に立ち、大友氏の肥後支配の一翼を担っていました。島津氏が肥後侵攻した際には攻め寄せた相良義陽を響ヶ原で討ち取るなどの戦功をあげましたが、1585年(天正13年)に宗運が亡くなると島津氏が再度侵攻し、城主・甲斐親英は城を捨てて退散し、島津義弘に城を奪われました。その後、豊臣秀吉の九州征伐後に佐々成政が肥後に入ると、親英も肥後国人一揆に参加したため、処刑され甲斐家は滅亡しました。このとき一揆鎮圧のため御船城には黒田孝高が城番として入っています。以降は小西行長、加藤清正の領地となりました。現在は城山公園として整備されていますが、遺構は残っていません。
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10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。
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