別名 島城

志摩城の詳細は不明ですが、千田氏の居城だと推定されています。1455年(康正元年)に起きた「享徳の乱」では千葉城(猪鼻城)を追われた上杉方の16代当主・千葉胤直が弟である胤賢とともにこの城に籠城しましたが、古河公方方の馬加氏や原氏に攻められ落城し自刃しました。このとき胤直の嫡子・胤宣も多古城に籠城するも敗死することとなり、千葉宗家は滅亡しました。そのまま廃城になったと思われます。現在城址には主郭部が農業公園として整備されており、遺構は残っていません。近隣にある東禅寺には胤直一族や家臣のものと伝わる五輪塔が立ち並んでいます。
志摩城を訪問した105人の報告によれば、平均見学時間は17分、平均評価は2.57点となっています。
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団員ブログ記事の丁寧な紹介記事を読み、攻城団テレビでも紹介されたので、面白そうと思って購入しました。
新書らしく、わかりやすい言葉と文章でまとめられており、歴史初心者の自分でも、挫折せずに読了できました。
「身勝手」「型破り」と、どちらかといえば批判的に捉えられてきた細川政元の行動を、時代背景、育った環境や人間関係等含めて丁寧に再検証し、「なぜ、その行動、選択に至ったのか」を読み解いています。
政元の再評価を目指して書かれた為か、全体にあたたかな目線で人物像が描きだされており、全肯定というわけではないけれど、好感が持てました。
また、タイトルにある「オカルト」に含まれる修験道への傾倒が、「境界を越えることができる者への憧れ」という考察には、とても納得させられました。
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