宍倉城は小田氏の重臣、野田遠江守の居城として知られています。その後、菅谷隠岐守貞次などが城主をつとめましたが、1573年(天正元年)7月に佐竹義重に攻められると降伏しました。以後は佐竹氏の家臣である大山田刑部が城主となりましたが、1602年(慶長7年)に佐竹氏が秋田へ国替えになると廃城となりました。現在城址の大半は農地となっていますが空掘を確認することができ、また本丸跡に城内稲荷神社が鎮座しています。
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築地本願寺セミナー「資料から読み解く中世社会~刀狩り令で刀は没収されたのか~」に参加し、その中で講師の方が紹介されていたので、刀狩りについてもっと知ろうと思い手に取りました。この著書には日本でおこなわれた三つの刀狩り(豊臣秀吉の刀狩り、明治維新の廃刀令、占領軍による民衆の武装解除)について書かれています。豊臣秀吉の刀狩りで農民の武装解除がされ、明治維新の廃刀令で武士の武装解除がされ、世界一治安の良い日本があると思っていましたが、前者は武士と農民を区別する事、後者は一般市民と軍・警・官を区別する事が目的で完全な武装解除ではなく、実は占領軍によって民衆の武装解除が徹底的に行われたことを知りました。この著書を読んで豊臣秀吉の刀狩りに対する考えが少し変わったような気がします。
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