中津城
中津城

[大分県][豊前] 大分県中津市二ノ丁1273


  • 平均評価:★★★☆☆ 3.48(104位)
  • 見学時間:1時間2分(152位)
  • 攻城人数:553(123位)

武家屋敷跡

二の丸公園の北側には江戸時代の武家屋敷跡があります。

案内板の内容を紹介します。

武家屋敷跡
 中津城二の丸の北側である当地には、江戸時代から続く一軒の武家屋敷が建っていました。
 1829〜1833年の間に作成された「中津城下絵図」(中津市歴史民俗資料館蔵)には、奥平藩士「竹下義兵衛(たけしたぎへい)」の名前が見えます。
 「竹下義兵衛」は奥平家三河以来の譜代の家臣である竹下氏の一族です。享和三年(1803年)の「江戸家中分限帳」の供番格の項には「竹下義兵衛一高十人扶持」と記されています。
 木造、藁葺き、平屋の住宅で、建築年代は不明ですが、江戸時代の十人扶持供番格の屋敷を伺い知る貴重な資料であることから、昭和60年6月20日建物が中津市指定文化財に指定されました。
建物は藁葺き部分が桁行9.756m、梁間4.984mの寄棟造で、入口には土塀と門がありました。
 平成20年12月25日、当時の持ち主であった大江家より中津市に建物が寄贈されました。中津市教育委員会では、建物の保存が第一と考えましたが、調査した結果、老朽化が進んでいたため、やむをえず解体せざるをえないと判断しました。ただし、江戸時代の貴重な建物であることから、建物の構造を記録し、状態のよい柱など一部の部材については教育委員会が大切に保管することとしました。
 解体後は、建物の基礎石を現地保存しました。建築当時の武家屋敷の形状を解明することはできませんでしたが、後世の増築部分を除いた、江戸時代から伝わる建物中心部を表示しています。

こんな感じで当時の間取りがわかるようになっています。

   
この記事のURLとタイトルをコピーする
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)

中津城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

今日のレビュー

家康はなぜ江戸を選んだか (江戸東京ライブラリー)

気になっていたので購入して読みました。
非常に平易でわかりやすい文章したのであっという間に読み終えましたね。
なぜ江戸を選んだのか?という点について、なるほどと思いましたが、ではなぜそれまでの統治者は鎌倉や小田原を選んだのか?と思っていたら、次の章で見事に説明されていました。うーん、やられました。その章で紹介されていた関東を利根川を境に東西に分けて大豪族層と中小国人層という分類、見方があるというのをはじめて知りました。非常に良い本だと思います!

しのはさん)

書籍ページを表示する

すべてのレビューを表示する

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る