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コロナ禍でお城巡りも我慢の日が続きますね。むやみに出かけて、それこそ怪我をしたり寒さで風邪でもひいたら大変ですので。ぼちぼち、攻城団さんの情報を見ながら、行きたいなぁ~とか考えながらステイホームしています。お城跡は逃げませんしね。わずか一年二年で無くなる遺構はなく、むしろこの十数年を振り返れば、次々に新しく整備されたり、説明看板が立ったりと、進化してきています。何より、攻城団さんの様な便利なツールが非常に助かりますね。感謝しております。・・・しかし この馬、重いね。

ゴロウさんの攻城記録一覧(履歴)

 深見城(神奈川県大和市) を攻城(2021/05/30)

国道246沿い、大和橋を渡ってすぐ、赤白鉄塔の方へ川沿いを左折。約200m程で、こんもりと繁った森があります。森の中を坂道を登る様に進めば、左手に台地があります。柵があり中には入れませんが、これが本丸跡の様です。右手の高台もお城の一部だとは思いますが、会社敷地になっていますね。

 下鶴間城(神奈川県大和市) を攻城(2021/05/30)

小学校の裏手にまわると、高台だと解ります。線路方面まで歩いて行くと、城山橋の看板がある橋があります。遺構はありませんが、小学校裏の林と高台からの景色に多少雰囲気を感じながら、斥候完了とします。

 大野城(千葉県市川市) を攻城(2021/04/10)

京成八幡から、バスで浜道まで乗車。コンビニの所から西側に向かい、やや細い脇道を進んで行くと、左手にどんどん高くなってくる高低差を感じます。学校が見える交差点の辺りで、左手に入ると、自転車が通れるように配慮された階段が有ります。そこを登り切ったところが「A門」。門の左手に説明看板が有ります。ふたたび階段を降りて北に進みますと、第5中のグラウンドの方に行けますが、そのグラウンドの所、道路を挟んで反対側に、天満宮が有り、その説明看板には将門伝説が書かれています。

 石浜城(東京都荒川区) を攻城(2021/04/10)

南千住駅南口から徒歩で20分程度。場所には諸説有るが、川の流れはこの辺り何度も代わっていると思われます。石浜神社は歴史有る社ですが、遷座された様子ですので、本当にこの場所が本郭かどうかは確認の術が有りません。個人的には、神社の南側、白鬚橋から南に少し坂道が下っており、南千住駅から歩いてくる途中には、清川という地名もあったので、今の石浜神社辺りは少し小高い丘になっていて、周囲は細かい川の流れや湿地があったとすれば、この場所が城跡の可能性が高いのではと思えます。

 国府台城(千葉県市川市) を攻城(2021/04/10)

北総線矢切から徒歩で斥候開始。駅を降りてすぐの交差点から右斜の坂道を登って行きます。住宅地を抜けながらも、アップダウンが有り、お城感を想像しながら歩けます。栗山配水塔など、お城とは関係有りませんが、歴史的建造物も確認出来ます。総寧寺までたどり着き、公園内の土塁や、櫓台と思わしき遺構を確認。見所は、里見兵の供養等や夜泣き石でしょうか。

 葛西城(東京都葛飾区) を攻城(2021/04/10)

青砥駅から徒歩で20分くらい。斥候するには先に道路の左手の御殿山公園をおすすめします。発掘の記録や石碑も有ります。右側の葛西城跡公園は、残念ながら見所が有りません。公園の区画に利用している石は、もしかしたら江戸時代のものかも知れないと想像します。少し北に進み、跨道橋の下を東側に歩くと、やたらと曲がりくねった細い町や、マンホールが非常に多い道が有ります。もしかしたら堀跡を埋めて、暗渠になっているのかも知れませんね。

 小竹城(千葉県佐倉市) を攻城(2021/03/28)

土塁が実に見事に残っています。虎口とされる部分は、曲輪の南側ですね。このお城は台地上に有り、台地の下を見下ろすとすれば東側が正面、すなわち最も守りを強固にする側だと想像します。私有地につき、細部まで確認出来ませんが、斥候完了。

 米本城(千葉県八千代市) を攻城(2021/03/28)

小竹城跡から徒歩で一時間近くかかりました。曲輪と曲輪の繋がりが解りやすい城跡です。主郭の遺構が破壊されたのが残念なくらい、見ごたえの有る城跡です。

 吉橋城(千葉県八千代市) を攻城(2021/03/28)

お寺のトイレの後が土塁かと思われますが、想像力が必要ですね。長い階段を上がるところがお城っぽくは思いました。

 金堀城(千葉県船橋市) を攻城

 志津城(千葉県佐倉市) を攻城(2021/03/07)

志津駅から徒歩で攻城。主郭とされている神社と看板確認も「この辺り」との表現。道路ができ宅地化も進み、確認の術も有りませんが、個人的には、もう少し坂を上った、お墓の有るあたりが、地形的には主格と考えます。神社の裏手にも高台が有り増すが往時のものかは分かりません。

 片平城(福島県郡山市) を攻城(2020/12/20)

雪道に慣れない身で車で行くのは無理が有りますね。何とか近くの農道までたどり着き、切岸の様なものが見えたので写真を撮って攻城とします。

 須賀川城(福島県須賀川市) を攻城(2020/12/20)

神社と、往時の城域絵図を見ながら松平家の威光を感じるしかないですね。バナーと同じ写真を撮って攻城とします。追記。近くの保険センター裏手に有る円錐形の供養棟のところに、土塁と空堀がきれいに残っています。結城何某さんのお墓の辺りですね。見落とすと勿体ない。

 岩瀬山城(福島県須賀川市) を攻城(2020/12/20)

博物館の辺りが平時の館とかいうがやや、窪地の様にも見える。確かに城跡は小高いけど、須賀川城趾の有る丘が高く、もともと何らかの施設が建って居たのかも?徳川の時代になり交通(4号街道)にちかい須賀川城趾の辺りを本拠にしたのかなあ、と想像します。

 志村城(東京都板橋区) を攻城(2020/11/29)

志村三丁目駅から、すぐに強烈な坂道があります。登りきったところに、幼稚園や神社が有りました。神社の裏手に回ると、土塁、空堀らしきものが確認できます。

 稲付城(東京都北区) を攻城(2020/11/29)

赤羽駅西口から、徒歩ですぐです。参道階段下に城趾碑。階段上の右手に石積が有りますが遺構ではなさそう。明らかに高台で往時は視認性も高かったのでしょう。

 平柳蔵人館(埼玉県川口市) を攻城(2020/11/29)

埼玉スタジアム線、川口元郷駅から徒歩で8分ぐらい。元郷4丁目町会会館の脇にあります。石碑の後ろには、城跡に成りがちな小学校もあり、この辺りが大きな館跡と推察します。俯瞰で(地図で)見れば、河川が歪曲して堀の様になっており、多くの半農半士の居住区を抱えた、元祖総構え的な支配地域を持っていたとすれば、北条と戦う先方に成りうる実力者だと想像します。

 蕨城(埼玉県蕨市) を攻城(2020/11/15)

大きな神社です。本殿東側に石碑と説明看板が有りました。鯉のいる池の様なものが堀跡とのこと。地形は往時と変わっているのでしょう?

 真鳥山城(埼玉県さいたま市) を攻城(2020/11/15)

先達のメモに従い南与野から徒歩攻略。赤色立体地図を見ると西側に気になる高台があり、行ってみると本杢古墳という古墳でした。当時の武士は古墳の概念が有ったのかどうかはわかりませんが、台地の西の端ですので、もしかしたら物見台や他の城との連携信号場所として使われたかも知れないと想像します。

 領ヶ谷城(埼玉県さいたま市) を攻城(2020/11/15)

鰻屋さんの看板のみ撮影して攻城とする。すぐ近くの天満宮の社も比較的新しく、遺構は確認できません。南浦和駅から徒歩の方、別の鰻屋の看板にご注意!

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今日のレビュー

家康<一> 信長との同盟 (幻冬舎時代小説文庫)

地元の新聞に連載されていたので愛読していましたが、この度文庫化されたので、購入し再読しました。第1巻は桶狭間から清州同盟まで描かれています。

桶狭間合戦で今川義元が討ち死にすると、家康は難なく岡崎城に戻って今川家から独立し、信長と同盟した印象を持っていましたが、実はそうでもなく、綱渡り的な展開だったことに少々驚きました。我々は歴史の結末を知っているので、歴史の流れを「当たり前」と思うことが少なからずありますね。

藤式部卿さん)

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