月山富田城
月山富田城

[島根県][出雲] 島根県安来市広瀬町富田2188


  • 平均評価:★★★★☆ 4.04(--位)
  • 見学時間:1時間39分(--位)
  • 攻城人数:1968(98位)

大手門跡

大手門は大手道、搦手道、裏手道が合流する山中御殿平の入口に位置していた門で、高さ5m、幅15mの規模を誇っていたと伝わりますが、崩落したため現存していません。
この大石垣の下には軍用の大井戸があり、現在でも水が湧いています。

富田城大手門
富田城は保元平治の頃、平氏によって築城され、その全盛時代は尼子経久の頃であった。 ここは大手門(表門)跡で、上方の(なり地)が山中御殿跡である。周りの石垣は昔から大石垣と言われ、門の左右の石垣の上には櫓があって、傾斜した円形の広場(人桝)を見下ろしていた。南側の塩谷口からあがる方面にも入口があり、近年発掘されてその跡が確認されている。
   

この記事をいろんなキーワードで分類してみましょう。

この記事のURLとタイトルをコピーする
これからあなたが訪問するお城をライフワークとして記録していきませんか?(過去に訪問したお城も記録できます)新規登録(登録は無料です)

月山富田城の城メモ一覧

あなたのお城巡りをより便利に快適に、そして楽しくするためにぜひ登録してください。

新規登録(登録は無料です)

フォローしませんか

攻城団のアカウントをフォローすれば、SNS経由で最新記事の情報を受け取ることができます。
(フォローするのに攻城団の登録は不要です)

今日のレビュー

平安京の四〇〇年:王朝社会の光と陰

10月の定期ライブで榎本先生が推薦され、かつ来年の大河ドラマが平安時代が舞台と言うことで、予習のつもりで手に取りました。はっきり言って平安時代に関する知識はあまり有りませんでしたが、この著書には桓武天皇が都を平安京に移してから、摂関政治、院政、そして武士の時代までの約400年の貴族の権力闘争や平安京に住む人びとの営みを知る事が出来ました。特に関心を持ったのは平安京のトイレ事情で、汚い話もあり詳細は割愛しますが、テレビや映画ではなかなかお目にかかれない事なので興味深く読ませて頂きました。来年の大河まで時間はそう有りませんが、その前に是非読んでおく一冊だと思います。

まーちゃんさん)

書籍ページを表示する

すべてのレビューを表示する

フィードバックのお願い

攻城団のご利用ありがとうございます。不具合報告だけでなく、サイトへのご意見や記事のご感想など、いつでも何度でもお寄せください。 フィードバック

読者投稿欄

いまお時間ありますか? ぜひお題に答えてください! 読者投稿欄に投稿する

トップへ
戻る